【お題:神カメラ】
さて、これからお話しするのは、私が耳づてに聞いた80年ほど前の「昔話」です。多少の記憶違いや歴史的考証のズレは、どうかご愛嬌ということでご容赦ください。
本工場のすぐ近く、200mほどのところに、かつてGHQの『キャンプ・キング』がありました。私が生まれたころの住所でいえば「大宮市日進町1丁目無番地」です。
ドイツにも同名のキャンプが存在したため名称重複でネット上から記録が排除されたのか、日本側での駐屯期間が短かったためか、今では資料がほとんど残っていません。しかし、工場脇の電柱には今も「キャンプ支線」という電電公社時代の表記がひっそりと残されています。
ここに駐屯していたのは、アメリカ草創期に馬にまたがりインディアンを駆逐した(建国時の人からすれば)由緒正しき「第1騎兵師団」。映画『地獄の黙示録』のベトナム戦争シーンで、キルゴア中佐率いるヘリ編隊がワーグナーの『ワルキューレの騎行』を爆音で流しながら村を強襲する、あの狂気の部隊も同じ第1騎兵師団の設定です。
その後、朝鮮戦争時の国連軍病院を経て、現在はこれまた由緒正しき陸上自衛隊・第32普通科連隊(皇居をお守りする近衛連隊)が駐屯していますが、戦前ここは「陸軍工廠」でした。現在の農林水産省・農業機械化研究所を含めた大宮駐屯地よりもさらに北側へ大きく張り出した、広大な敷地を有していました。
※少し脱線しますが、南側は現在の地下鉄都営三田線と新幹線の地下駅が『新大宮駅』として計画されていたという話も聞いたことがあります。関東ローム層がもろすぎて掘れないのがネックだったとか。
戦中に廃止された大宮-川越間をつなぐチンチン電車(市電)も一部線形変更で新大宮駅に対応。私が小学生の時まで、国道17号と旧国道16号「桜木町交差点」路面にこのチンチン電車の軌道がまだ埋め込まれていてバスで通るたび不思議に思っていました。廃止後30年以上放置だったんですね。
また「新大宮駅」計画を信じたかった 地主がいたのでしょう。 そのころは農業機械化研究所(陸軍工廠跡地)の隣地に広い空き地がありました。昭和初期からの値上がり待ちの売り渋りです。東北新幹線が大宮駅に、新大宮バイパス上が三田線ではなく首都高5号線になったことで計画は完全に変更確定です。もっと条件の悪い田畑だったところは1970年代に宅地化されていたのに陸軍工廠隣地はバブルがとっくに崩壊したのちの令和になってやっと宅地化されたところもあります。天国の地主からの恨み節が聞こえるようです。
そして当時、大宮駅近傍の高崎・東北本線脇、片倉紡績跡地(北袋町)に三菱財閥がカメラメーカー「ニコン」の前身である 日本光学 (当時の日本硝子製造所大宮工場)を建て、高純度ガラスを生産して陸軍工廠に納入していました。
(まあでも、関東ローム層の土埃と蒸気機関車が行き交う時代に、線路や中山道わきでの高純度ガラス製造はちょっときついですよね。空気の質自体が問題になるため、戦後移転してしまっています。)
大宮日進の陸軍工廠は、そのガラスを用いて光学レンズや測距器、スコープ、望遠鏡などを製造していました。
歴史の闇と巨大ショッピングモールの裏面史
実は、この日本光学の跡地は戦後に三菱金属となり、原子力船『むつ』の動力炉製造中に放射能漏洩事故を起こし、工場および北袋町と河川を汚染してしまったというダークな歴史を持ちます。
長年の土壌改良を経て環境は回復し、現在の巨大ショッピングモール『コクーンシティ』脇、三菱マテリアル横の財務省造幣局の付近がその場所にあたるといいます。無茶な開発を三菱に押し付け、事故が発生したことに対し、国が責任を取った形なんでしょうか。
ショッピングモールといえばもう一つ。
旧大宮市植竹にあった富士重工(現スバル)大宮工場は、戦前は「中島飛行機」であり、陸軍向け航空機の製造などを行っていました。驚くことに、海軍の三菱ゼロ戦エンジンの90%は中島飛行機がOEM製造していたそうです。
※余談ですが、近所のおばちゃんが「昔、ゼロ戦のプロペラ削ってたのよ」と言っていたのはここでしょう。
その跡地が、現在の巨大ショッピングモール『ステラタウン』です。
当然、ここにも陸軍工廠から航空機用光学機器が納入されていたはずです。距離にしてわずか2km圏内。アニメ『宇宙戦艦ヤマト』で、古代進が波動砲発射シーケンスで「ターゲットスコープオープン! 電影クロスゲージ明度20!」などと叫んでいますが、陸軍工廠で作られていたのは、まさに「そういうやつ」だったのかもしれません。
超長距離光通信と、AI文明の礎
さて、話を戻しましょう。
ここは大宮台地の端に位置するため、天城峠から富士山、箱根、北岳、武甲山、榛名山、浅間山、赤城山、男体山、そして筑波山までを見渡せる絶好のロケーションでした。まさに超長距離光通信・極秘開発に適した場所だったわけです。
※ちなみに電波的にもロケーションが良く、かつては運輸省の航空標識所「NIXSIS:ニキシス」も併設されていました。「にっしん」を連想させる識別コードです。建屋は爆撃を避けるかのように半分地中に埋まっていましたが、今考えれば良質なアーシングのためだったのかもしれません。
そういえば私の幼少期、この施設に併設されたグリーンとクリーム色の平屋式米軍住宅が残っており、日常生活圏内に突然青い目の女の子が現れ、あまりの違和感にその都度走って逃げたものです。現在でも空域が米軍の隷下なので、当時は運輸省と米軍の共同運用だったのかもしれません。
その時代には隣地に無線機器メーカー「日産電子」があり、北米向けに製造していましたが、1970年代と2025年にそれぞれマンションへと姿を変えています。なにかにつけ、通信技術と奥深いつながりを感じさせる地域でした。
※もう一つ脱線させてください。この地が面白いと思うのは、土器や刀塚があるのに神社がないことでした。大人になってから住んだ同じさいたま市の先は、当地とおなじ、縄文海進で当時は河川沿いが海だったところです。土器が出ます。そして今度は海が退くにつれ、海で生計を建てていた古代人は「もうこれ以上海岸は下がらないでくれ。」と願って、その時の海岸線の両端に社を建てたんでしょう。谷の両端にそれこそ300m置きに神社祠があるんです。同じ条件だったはずの日進鴨川界隈、全く神社がないんです。これって軍政大日本帝国が強権発動で土地を収用した名残なんだと思っています。で日進神社には46社合祀したとの話も聞いたことがあります。神道の国の割には軍上位だったってことですね、当時。

終戦後、GHQによって工廠が解体されると、職を失った研究者たちはこぞって日本光学(ニコン)に移籍しました。
そこで大宮で培われた高精度なガラス精製技術とレンズ製造技術が融合し、オランダのASML社と共に、現在のAI文明をも根底で支える半導体露光装置へと発展し、人類文明に大いに貢献することになります。
神カメラの真実
ところで話は現代に飛びますが、21世紀に入ってしばらく経つというのに、アメリカでは「地球平面説(フラットアース説)」が大流行しています。
その火付け役となったのが、Nikonの超長距離望遠カメラ「COOLPIX P1000」。一部の界隈で「神のカメラ」と呼ばれるこの機材を用いた撮影映像が、フラットアース支持者たちの間で「地球が平らである証拠」として非常によく引用されるのです。
驚異的なズーム力で、世界の隠された真実(?)を暴く。
なるほど、ある意味で「神のカメラ」と言えなくもありません。
しかし、本当のオチはそこではないのです。
旧大宮市日進町は、江戸時代にはこう呼ばれていました。
「武蔵国(むさしのくに):足立郡(あだちぐん):吉野領(よしのりょう):上加村(かみかむら)
」。
かみかむら、
かみかめら、
神カメラ。
……おあとがよろしいようで。
2026/9/1
後記: 弊社では半導体シリコンウェハ搬送用、スマホカメラレンズ搬送用包装資材を生産しております。どういうわけか、全く無関係ということでもなさそうです。